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2018年12月 9日 (日)

■サイキックの研究と分析(20) ~微小レベルで物質に影響する~

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不定期連載『サイキックの研究と分析』シリーズ。 記事一覧はこちら。
 


◆◇サイキックの研究と分析(20) ~微小レベルで物質に影響する~◆◇

さて、この『サイキックの研究と分析』シリーズでは「スプーン曲げ」っぽい画像を採用してますが、
いよいよそれに近いサイキックの話題である
「微小レベルで物質に影響する」というテーマについて書きます。

「波の世界」は「ミクロ知覚」によって物質の世界(粒より大きいもので構成される、粒の世界)からアクセスすることができますが、
同様に、「波の世界」から「物質の世界」に影響を与えることもできます。
それは、意識⇒波⇒粒⇒物質…と形態変化するようなものです。
 

IsikikarabussituIsikikarabussitu2

 
以上のような流れで、「意識を波の世界に飛ばす」から「物質に作用する」に繋げることができるわけです。
サイキックの種類で言うと「サイコキネシス(念動力)」の可能性がここにあります。

ただし、ここで大きな作用が起きるかどうかは微妙な所で、「波⇒粒」の所までが作用の範囲としてギリギリなので、素粒子に限りなく近いレベルの所でしか効果が期待できません。
従って、「物質に作用する」と言っても、「効果は微小」であることが条件に付きます。
 
そうした能力から出てくるものの筆頭として挙げられるのが「スプーン曲げ」です。
 

Supunmage
※浮いてる件に関してはちょっとおいといてください

 
スプーン曲げは、念力(意識)によってスプーンを曲げるサイコキネシス系のサイキック技術ですが、
実際には「念力だけでそのまま曲げる所までやる」というよりかは、まずはスプーンの曲げたい場所に念力を込めて、「念力の後に人力で曲げると、簡単に曲がるようになってる」というのがメジャーのようです。

凄い場合だとスプーンが曲がるだけじゃなくてとれちゃったりするらしいですけど・・・そこまで来るとちょっとよく分からないです・・・

(ただ、「力じゃ曲がらないスプーンを曲げる」方法の中には、古武術の応用を使ってるという説もあるので、サイキックが原因かは一概には言えないです。)

先ほどの「意識⇒波⇒粒」・・・という形態変化の説では、微小なレベル・・・それこそ素粒子に近い「粒」ぐらいのレベルでなら、物質に何かしらの力を作用させることができます。
スプーンは当然、金属であり、鉄やクロムやニッケルといった原子の集まりでできています。
よって、もしかすると、「原子の配置の具合をゆるめるとか、結合の力を弱めるとかして、金属を柔らかくさせる」程度だったら、サイキックの力で実際に可能なのかもしれません。
 

Gensikawaru
原子配置が変わるみたいな、何かしらの理由で柔らかくなる?

 
つまり、『サイキックの研究と分析』的には、「金属原子の集合であるスプーンを柔らかくする」程度のスプーン曲げだったら可能かもしれない・・・ということです。
(ちなみに、自分が直接知ってる人の中でも、スプーン曲げができる人には心当たりがあります。)

 
そういえば、「スプーン曲げ」というと「ユリ・ゲラー」という人が有名です。
1973年あたりのアメリカで超能力者を名乗ってテレビに出て、スプーン曲げ以外のパフォーマンスもしていた人です。
そんでもってポケモンの「ユンゲラー」の元ネタとなりました。
 

Yungera

 
ユリ・ゲラーは、本物の超能力者なのか?
・・・については、ユリ・ゲラーの信用次第なのでここでは断言しません。
ただ、こういうのを使い続けるには一種の「意識エネルギー」みたいなものがかなり必要になるもので、
エネルギーが枯渇してどこかで使えなくなるか、節約の必要に迫られるか、もっと派手なパフォーマンスをして超能力ってことにするか・・・などといった理由で、トリックと併用してパフォーマンスをするとかはあり得そうな気がします。
 

■結晶とミクロについて

「サイキックによる物質への作用」は、素粒子に近いミクロなレベルの方が作用しやすいということでした。
「ミクロに近いもの」といったら、顕微鏡で観察できるような「結晶」の世界があります。そして中でも身近なのは「水の結晶」です。
ということで、「目に見えない何か」を「水の結晶」に作用させるという分野では、『水からの伝言』や『水は答えを知っている』といった著書を書いた「江本勝」という人が有名です。



この人は、長年、水の研究をしていたそうですが、アメリカで「水に情報を転写する機械」に出会ってから、その作用に着目するようになり、水の結晶写真を撮る研究を始めるようになったそうです。
そうした中で、様々な発見があったそうですが、中でも代表的なのが「ありがとう」や「愛・感謝」といったポジティブな言葉や、「ばかやろう」や「ムカツク・殺す」といったネガティブな言葉を水に対して投げかけて、その水で出来た結晶の形を見比べて、全然違うことを示す・・・というものでした。
つまり、「言葉の作用」が「水の結晶」の形に表れるということです。
 

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書籍『水は答えを知っている』より引用。左の写真は「ありがとう」という言葉を与えた結晶で、の写真は「ばかやろう」という言葉を与えた結晶・・・らしい。

 
たしかにこれは、サイキック的には「波の世界」から「物質の世界」(粒に近いレベル)への作用と解釈すると納得のいく現象です。

この人はこうした研究の結果を多くの人に知ってもらおうと活動していて、海外での講演までしていました。
・・・とはいえ、やはり科学系の人から批判はいっぱい貰っている様子でした。

やはり、実験材料となるのが「ポジティブな言葉」とか「ネガティブな言葉」とか抽象的なものだったり、
仕組みもよく分かってないのに実験結果の写真ばかり載せて、それで説得しようとするスタンスは、科学的に難儀な所です・・・

こういう人は自分は割と支持しますが、
隙があるような主張の仕方だと批判をくらうのもやむをえないので、
「やるならしっかりとやって欲しい」というのが自分の考えです。
 

■生体とミクロについて

他にもミクロと密接な関係にあるジャンルというと・・・「生体」があります。
生き物は「細胞」というミクロで繊細なものが集まって、生命活動をしているからです。
 

Mizinko
小さいのでどことなく細胞っぽさがある、微生物のミジンコさん。

 
これはリアルな「サイキック」において超重要ジャンルです。
「微小レベルで物質に影響する」の中では一番重要かもしれません。

スプーン曲げとかはぶっちゃけパフォーマンスぐらいにしか使えないのでほとんど役に立たないです。
大きな力を出すには結局、大きなエネルギーが必要という話になると、全然実用性がなく、だったら普通に火力や電力を使った科学の方が良いわけです。

しかし、「生体への作用」となると、
サイキックによって「細胞」へ働きかけて、
そこから、身体の「健康」や心の「健康」へと繋げることができるジャンルになります。

これについてはもっと掘り下げたい所ですが・・・今回はここまでにしておきます。
とりあえずは、ちまたで「ヒーリング」と呼ばれるものは、この原理が使われている・・・ということだけ言っておきます。



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コメント

江本勝さんの『水からの伝言』に、「南無阿弥陀仏」という文字を水に見せて作った水の結晶と、「南無妙法蓮華経」という文字を見せて作った水の結晶が載っています。
「南無阿弥陀仏」の方は、シンプルな六角の結晶で、中にピンクと緑の色があります。波動的にはピンクは愛、緑は感謝の色だそうです。
「南無妙法蓮華経」の方は、華やかで綺麗な結晶で好きですけど、アタシは「南無阿弥陀仏」の方を唱えてます。
五井昌久先生の『白光への道』という本に「南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経との相違点」という章があります。

『白光への道』からの抜粋です。

・・・南無は帰命するということ、生命の源に帰るということ一つになるということで、西方極楽浄土に御座す阿弥陀仏と一つにならせ給え、というようになります。それをもっとはっきりいいますと、西方極楽浄土という言葉を、眼にも見えず、手にも触れないけれど宇宙に充満している仏の世界、光明燦然たる苦難の少しも無い世界、完全円満なる世界と訳し、そのような世界に仏と一つに住まわせて下さい、と願う唱名になるわけです。簡単にいえば、阿弥陀仏、私を救って下さい、というようになるのです。

・・・南無妙法蓮華経とは・・・ 
妙とは、妙なる実相とか、妙々不可思議とかいう、実在、即ち絶対者(神)の表現なのです。・・・妙(神)の法則、或いは神の意志、理念の宣言、つまり神が表現されたということになるのです。
・・・「神の法則を、或いは意思を理念を、この地上界において立派に華咲かせた。つまり完成させた。そして生命の源に、この地上界にいながら一つになっている。」ということになります。もっと易しくいいますと、「私はすでにこの地上界において正覚を得た仏なのだ」ということになります。
・・・南無妙法蓮華経は自分や自分一家を救って貰うために唱えるものではありません。世を救い、国家を救い、人類を救うために、自己の生命を投げ出し得る人達、つまり菩薩級の人達が唱えて、はじめて、その意義が現われるので、単なる一般民衆が、自分を救ってもらえるつもりで唱えたりしたら、実に危険なことだと思うのです。
 言葉はすなわち神なのです。ですから一度表現された言葉は、その内容にもつ意義の通りに動いてゆくのです。・・・

『白光への道』より


五井昌久先生の「人間は本来、神の分霊であって、業生では無く、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。…いかなる苦悩といえど現われれば必ず消える…」という言葉には、だいぶ助けられました。
アタシはネガティブな発言をしないようにしていますが、ポジティブな言葉でも、場違いになることは言わないように注意したいと思います。

2軍のほうの記事にコメントしたいですが、2軍では、四十舵(あいだ)という名前を使わせていただきたいと思います。

投稿: かものメ | 2019年5月 4日 (土) 23時55分

>かものメさん

返信おくれてしまってますけど、コメントありがとうございます。
南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経は言葉の響きからくる力みたいなのが分かるので、南無阿弥陀仏のが好きですね。

2軍ブログは最近、放置ぎみですね・・・

投稿: Raimu | 2019年5月25日 (土) 10時07分

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